ミッドウェー海戦の後、日本海軍は特にソロモン諸島周辺で艦艇を相次いで喪失。陸軍もアリューシャン列島のアッツ島やマーシャル諸島のクェゼリン環礁で守備隊が玉砕するなど、各地でアメリカ軍の反撃を受けていた。
そしてアメリカ軍は、サイパン島やグアム島を含むマリアナ諸島を占領することで、日本本土に対する爆撃の拠点にすることを目論む。それまでにも中国の奥地から北九州等に対する爆撃はあったが、マリアナ諸島からであれば東京も爆撃が可能になるのだ。
1944年6月15日、米軍は十隻以上の空母を含む艦隊の援護を得てサイパンに上陸。日本側も空母9隻、戦艦5隻を中心にした艦隊で、これを迎え撃とうとしていた。
茂が空母「瑞鶴」に飛ばされたのは、決戦を目前に控えた19日朝のことである。
「貴方が、姉さんの言っていた……そうですか」
「あと何回、こうなるんだろう」
「お察しします」
矢継ぎ早に帝国海軍が経験した海戦の舞台へと飛ばされ、茂は混乱していた。
午前6時半頃アメリカ艦隊の場所を知った日本艦隊は小型空母「千歳」、「千代田」及び「瑞鳳」から零式艦上戦闘機57機(うち爆弾を搭載したもの43機)、新型の艦上攻撃機「天山」7機を出撃させる。
また「翔鶴」、「瑞鶴」及び新鋭の「大鳳」からも零戦48機、艦上爆撃機「彗星」53機、「天山」29機を繰り出した。「大鳳」は甲板に装甲を張ることで爆弾に対する防御力を高めていたが、代わりに航空機を84機積める「翔鶴」より大型の船体にも拘らず、搭載機は53機止まりである。
攻撃隊はそれぞれ9時35分と10時45分に攻撃を始めるものの、撃沈できた艦は皆無。逆に合計で140機(第一次41機、第二次99機)の航空機を失った。
8時10分、「大鳳」が潜水艦「アルバコア」からの魚雷一本を受ける。だがこの時点では持ち前の頑丈さにより、前部のエレベーターが陥没しただけだった。
「さすがは『大鳳』ですね」
「すごい、傾かないどころか、速度も殆ど落ちていない」
魚雷で浸水が発生しているにも拘らず悠然と航行する「大鳳」に、茂は感嘆する。だが彼らの知らないところで、「大鳳」に悲劇が迫りつつあった。
9時15分より「隼鷹」、「飛鷹」及び「龍鳳」から零戦42機(うち爆弾を搭載したもの25機)、「天山」7機の攻撃隊が発信するも、これは敵艦隊を発見できずに帰還。零戦7機(うち爆弾を搭載したもの6機)、「天山」1機を失うだけに終わる。
10時15分からの零戦20機、九九式艦上爆撃機27機、「天山」3機の攻撃隊も、敵艦隊を発見できずグアムに着陸。戦闘機の迎撃で零戦14機、九九式艦上爆撃機9機、「天山」3機が撃墜された。
10時45分には零戦9機、彗星6機が飛ぶもやはり戦果は無く、悪戯に航空機を失うばかりである。
その後「大鳳」の修理が完了し10時28分に「大鳳」、「翔鶴」及び「瑞鶴」から零戦14機(うち爆弾を搭載したもの10機)、「天山」4機が第五次攻撃隊として出撃。2分後に「隼鷹」、「飛鷹」及び「龍鳳」から零戦6機と「彗星」9機が発ち、後者が敵艦隊に攻撃を加えるも結果は同様であった。
「もう……このまま戦果は挙げられないんでしょうか?」
攻撃隊を何度となく送り出しても、帰ってくる時には数を大きく減らしてばかり。それに見合った戦果が得られたとの確証も無く、瑞鶴は項垂れる。
そんな時「瑞鶴」に通信が入り、ただでさえ気落ちしていた瑞鶴の顔が一気に青ざめる。
「そ、そんな……姉、さんが?」
「どうしたの?」
「翔鶴姉さんに……魚雷が命中したそうです」
11時20分、潜水艦「カヴァラ」の魚雷4本が「翔鶴」に命中。甲板に上がった二人が見たのは、大きく右舷側に傾斜し、また艦首の沈みこんだ「翔鶴」だった。
「ね……姉さん!」
瑞鶴は何度も絶叫するが、「翔鶴」の状況は悪いまま。さらに傾きを直そうと左舷に注水しすぎてしまい、「翔鶴」は左舷に傾いた。
そして魚雷命中による衝撃で気化したガソリンが引火し、「翔鶴」は大爆発を起こす。
「姉さん、そんな……嫌ああぁぁっ!」
「瑞鶴、落ち着いて!」
「これが、これが落ち着いていられますか!」
瑞鶴は泣きながら叫ぶと、その場に崩れ落ちる。三年足らずとはいえ就役以来ほとんど行動を共にしていた姉の惨状を、瑞鶴は到底受け入れることができなかった。
彼女の様子に、茂はそれ以上何も言えずにいた。
その後約3時間に亘って黒煙を噴き上げ続けた「翔鶴」は、瑞鶴の目の前で午後2時過ぎに沈没。こうして、真珠湾攻撃に参加した空母のうち、生き残りは「瑞鶴」ただ一隻となってしまった。
午後2時32分には、「大鳳」が「翔鶴」と同じ原因で爆発。4時28分に沈没し、その防御力を期待された装甲空母は初陣で失われるという想定外の最期を遂げた。
「姉さん、大鳳……っ!」
甲板にうずくまり涙を流し続ける瑞鶴へと、茂は何と言葉を掻けようか悩む。しかし口を開く前に、かれはまたもや意識を失った。
翌20日は日米ともに敵艦隊の発見が遅れたが、午後5時半より日本艦隊はF6F「ヘルキャット」戦闘機85機、SB2C「ヘルダイバー」爆撃機51機、SBD「ドーントレス」爆撃機26機及びTBF「アベンジャー」攻撃機54機の空襲を受ける。
これにより「飛鷹」とタンカー2隻が沈められ、7時40分には連合艦隊司令長官から離脱命令が下る。こうして日本は三隻の空母と378機もの航空機(米軍は128機)を失い、以後機動部隊を主力に据えた作戦を行うことがほぼ不可能になった。
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