マリアナ沖海戦後、米軍はサイパン島を占領。日本本土を爆撃するための拠点とし、これにより日本のほぼ全域が空襲の脅威にさらされることとなった。
次いでアメリカは、日本と東南アジアの資源地域を結ぶ資源の輸送路を遮断するべく、開戦後日本軍に占領されたフィリピンの奪還を計画。これを防ぐため、日本は各方面から艦隊を出撃させ、フィリピンのレイテ島に上陸しようとするアメリカ軍の船団を撃破しようとした。
その作戦の実質的な主力が、栗田健男中将の指揮する艦隊である。戦艦「大和」とその同型艦「武蔵」を初めとして5隻の戦艦と11隻の巡洋艦を含む艦隊であるが、空母は一隻もついておらず、米軍の空襲から艦隊を護る戦闘機もいなかった。
10月22日にブルネイを発った栗田艦隊だが、予定が一日遅れたため危険なパラワン水道を通ることになる。結果翌日に潜水艦「ダーター」の魚雷で旗艦の重巡洋艦「愛宕」が失われ、「高雄」が大破しブルネイに撤退、次いで潜水艦「デース」により重巡洋艦「摩耶」が沈められるという損害を受けた。
翌24日、栗田艦隊はレイテ島北西のシブヤン海に到達。茂が「大和」の艦内で目を覚ましたのは、さらに重巡洋艦「妙高」が空襲で魚雷を受け離脱した後、この日の昼前のことであった。
「君が、瑞鶴の言っていた少年か」
「う……うん」
戦艦「大和」の艦魂が、茂を怪訝な目で見つめる。すらりとした長身を持ち髪も背中まで伸ばした彼女は、目つきや外見の年齢が翔鶴に似ていたが、目つきは翔鶴以上に鋭かった。
「未来から来たそうだな。何か、この海戦について知っていることは無いのか?」
「ごめん。あまり詳しくなくて」
「ふむ。ならせめて、戦争の終り方ぐらいは知っているのではないか?」
「えーと……それは」
茂が口を濁していた時、「大和」が襲い来る敵機を捉える。第二次攻撃隊となる、空母「イントレピッド」の航空機が来襲したのだ。
「どうやら、今は聞いている暇が無いようだ。甲板に上がるぞ」
時刻を確認した大和は、茂を急かすように告げる。
「うん」
言おうか言うまいか踏ん切りがつかずにいた茂は、不謹慎であることを承知でどこか安心した。
襲い掛かった攻撃隊は「武蔵」に集中。これは偶然ではなく、「武蔵」の色が他の艦より明るく目立つために起きた悲劇である。
「武蔵! ……くっ、出撃前に塗料の塗り直しなんてするからだ!」
僅か戦闘機9機と爆撃機及び攻撃機各12機、合計33機の攻撃隊にも拘らず、護衛の戦闘機を持たない「武蔵」は魚雷3本と爆弾2発を被弾。速力を22ノット(時速およそ41キロメートル)に落とし、より攻撃を受けやすい状態に追い込まれる。
その後も、午後1時半に空母「レキシントン」及び「エセックス」搭載機合計83機の攻撃で、魚雷5本と爆弾4発が新たに命中。速力を16ノット(時速およそ30キロメートル)にまで落としたが、なおも攻撃は続く。
2時15分、空母「フランクリン」搭載機65機が到着。この時「武蔵」に被害は無かったものの、「大和」に爆弾1発が命中し、黒煙が噴き上がった。
「大和!」
「この程度、武蔵に比べればかすり傷だ!」
大和は全く痛がるそぶりを見せず、むしろ茂の気遣いを自分に対する侮辱とさえ思っていた。
「私は、私は連合艦隊の旗艦だったのだ! これで痛がっているようなら、これまで死んでいった艦と将兵に顔向けできまい!」
大和は、毅然とそう言い放つ。
しかし気勢を上げる彼女の目の前で、2時59分には30機が追い撃ちをかけに来る。やはり一番の目標となったのは「武蔵」であり、速力は6ノット(時速およそ11キロメートル)に落ちた。
午後3時半、栗田艦隊は空襲を受けない海域へと離脱。だが「武蔵」は最終的に魚雷20本と爆弾17発を受けており、午後4時半頃以降は駆逐艦「島風」、「浜風」及び「清霜」が随伴していただけで、「大和」を含む栗田艦隊の本隊からは離れた。
午後5時半には、まず負傷者が駆逐艦「島風」に移動。その後残った乗組員により浸水を食い止める作業が続けられたものの、午後7時半には傾斜が左舷側に30度まで達する。
ここに至り、遂に艦の復旧を断念したことを告げる「総員退艦」が発令された。
後、「武蔵」は左舷側に転覆。二度の爆発を経て艦首から沈んでいった。
「武蔵が……沈んだ?」
知らせを受けた「大和」艦上で、大和がうわ言のように呟く。そしてその意味を理解すると、「武蔵」がいたであろう方向を向いて絶叫した。
「武蔵は……武蔵は不沈艦ではなかったのか!」
耐えきれなくなった大和は、その場に崩れ落ち声をあげて泣き始める。茂はそんな大和に何もできないまま、そして結局この戦争の行く末を伝えることができないまま、またもや気を失った。
翌日、栗田艦隊はレイテ湾への進撃を再開。途中空母「ガンビア・ベイ」や駆逐艦などを撃沈し、「大和」も初めて敵艦に向け主砲を放つことができた。
しかし、ともに突入する予定だった西村艦隊(戦艦2隻を含む7隻)が駆逐艦「時雨」を残して全滅したこと、突入の時刻が予定より大幅に遅れる見込みであること等の理由によりレイテ湾への突入を前に撤退。栗田艦隊だけで「武蔵」と巡洋艦5隻などを失ったにも関わらず、目標は果たせなかった。
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