艦魂 第二話 ミッドウェー沖海戦

艦魂 第二話 ミッドウェー沖海戦

意識を失った茂が次に目覚めたのは、1942年6月5日の空母「飛龍」艦内であった。太平洋中部に位置するミッドウェー諸島の攻略と、アメリカ軍空母の撃破を目指す日本軍が、空母「赤城」、「加賀」、「飛龍」及び「蒼龍」を中心とする艦隊を差し向けていた時のことである。

空母「飛龍」は全長227.4メートルの中型空母で、左舷側の中央部に艦橋を持ち、航空機が離着艦する甲板にはやはり木材が敷き詰められていた。搭載機は、予備を含めて73機である。

「貴方が、翔鶴の言っていた方ですか」

「うん」

茂の目の前に立つのは、空母「飛龍」の艦魂である。背や見た目の年は瑞鶴と同じぐらいで、肩の辺りまでしか伸ばされていない髪とその口調は、大人しいながらも芯の強そうな印象を見る者に抱かせた。



珊瑚海海戦で「翔鶴」に転移してきた茂の話は、極秘裏に日本海軍の各部隊へと伝えられていた。そのため「飛龍」では、大きな混乱も無く彼を収容したのである。

「ところで、『翔鶴』を離れた後はどちらに?」

「気付いたら、ここにいたよ。一度でも現代に戻ってからなら、その間に知識を得ておくこともできたかもしれないけれど」

戦史に詳しくない彼でも、この戦争がどのような結末を迎えたかはある程度知っている。しかしそれを告げたところで何ができるという訳でもないので、口を滑らせるわけにもいかず、明らかに落ち込んでいた。

「心中お察ししますが、お気になさらず」
 飛龍は、そんな茂をややあどけなさの残る声で気遣った。

日本時間で5日の午前1時半、敵空母を見つけていなかった日本軍は、四隻の空母から合計107機もの航空機を出撃させてミッドウェー諸島を空襲。敵空母の発見に備え、「赤城」と「加賀」に残った九七式艦上攻撃機には魚雷が積まれた。

その後、アメリカ軍のPBY「カタリナ」飛行艇が四隻の空母を発見。午前3時から順次、ミッドウェー諸島より26機の迎撃用戦闘機と、38機の攻撃隊が飛び立った。

日本側の攻撃隊は迎撃により8機を失い、戻った航空機のうち2機が修理不能な損傷を負う。だが攻撃の効果が不十分だと考えた指揮官の友永大尉は、午前4時に第二次攻撃を要請した。

五分後、ミッドウェー島から飛び立った攻撃隊のうち10機が「赤城」を襲う。これは上空にいた零戦に阻まれ7機が撃墜、2機が修理不能という大損害を追って撤退した。

4時15分、空母四隻を含む第一航空艦隊を率いる南雲忠一中将は、敵空母が見つかっていないことからミッドウェー諸島への第二次攻撃を決意。「赤城」と「加賀」の爆撃機と攻撃機に爆弾の搭載を命じた。

「敵空母は、本当にいないのでしょうか?」

「う、うん……どうだろう」

スマートフォンでミッドウェー海戦の経過を知った茂は、不安そうな飛龍の言葉にも気が気ではなかった。そこには「飛龍」を含めた日本側の空母四隻が失われるという、信じ難い結果が記されていたからである。

同じ頃、アメリカ艦隊はミッドウェー基地航空隊により「飛龍」らのおおよその居場所を知る。そして空母「エンタープライズ」及び「ホーネット」からワイルドキャット戦闘機20機、ドーントレス爆撃機68機、デバステイター攻撃機29機、合計117機の攻撃隊を放った。

途中日本の重巡洋艦「利根」から出撃した偵察機に艦隊を発見されるものの、攻撃隊の出撃は続く。また珊瑚海海戦で傷ついた空母「ヨークタウン」からも、午前5時半にワイルドキャット戦闘機6機、ドーントレス爆撃機17機、デバステイター攻撃機12機が飛んだ。

アメリカ艦隊を見つけた「利根」搭載機は、午前4時28分に無電で敵艦隊発見を告げる。これを受け「赤城」と「加賀」では航空機への爆弾搭載が中断され、敵艦隊のさらなる情報を求めた。

4時53分、ミッドウェー諸島のドーントレス爆撃機16機が来襲。「飛龍」及び「蒼龍」を襲った。

「わ、私は……大丈夫なのでしょうか?」

外れた爆弾の着水による水柱が立ち上る中で動揺する飛龍に、結果を知る茂は何かを言うわけにもいかずもどかしく思う。幸い、この攻撃では二隻とも無事であった。

その後5時10分にエンジン四基を持つB-17「フライングフォートレス」爆撃機17機、及びSB2U「ビンディケーター」爆撃機11機も日本側の空母を攻撃したが、命中弾は得られなかった。

午前5時半、ミッドウェー諸島への攻撃隊を収容しようとしていた「赤城」が、「利根」搭載機からの通信で空母の存在を知る。空母「飛龍」及び「蒼龍」の第二航空戦隊を率いる山口多聞(やまぐち たもん)少将は、攻撃機の爆弾を魚雷に付け替える時間を惜しんで、直ちに敵空母を攻撃すべきだと唱えた。

とはいえ今航空機を甲板に並べれば、攻撃隊を収容できなくなる。また南雲中将は駆逐艦や巡洋艦への乗り組み経験が長く、魚雷に慣れ親しんでいたこともあって、この提案を却下した。

攻撃隊の準備中、午前6時20分頃より3隻のアメリカ空母を発った攻撃機34機がそれぞれ魚雷攻撃を試みる。だが「エンタープライズ」の3機以外は、全て撃墜や不時着で失われた。

「このまま、過ぎてくれればいいのですが」
 そう言うと、飛龍は時間が早く経つのを祈るように懐中時計を見た。

「そう……だね」

低空から来る攻撃機を撃退した零戦たちを見てもなお、飛龍の表情は晴れない。7時22分になると、今度は爆撃機が「飛龍」を除く三隻の空母を襲った。

攻撃機を迎撃して低空にいた零戦たちは反応が遅れ、3隻の空母は相次いで被弾。辺りには爆弾の炸裂や誘爆による轟音が何度も鳴り響き、3隻の甲板からは黒煙が噴き上がる。

「そ、そんな……本当に、貴方はこれを知らなかったのですか?」

甲板で愕然とする飛龍に、茂はとうとう耐えかねて口を開こうとする。だがその言葉が発される前に、彼は再び意識を失った。

3隻は何れも後に失われ、唯一健在の「飛龍」は攻撃隊を放ち「ヨークタウン」を大破させる。そして「伊号第一六八潜水艦」が止めを刺したものの、「飛龍」も航空機による反撃を受け自沈処分された。

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2013/07/02