『不思議で面白い陸戦兵器─極限を追求する特殊な世界』
市川文一著 四六判252ページ 定価1600円+税(並木書房)
戦車が射撃しても車内に煙が充満しないのはなぜ? 戦車と戦闘車の違いは? 初めてエアコンのついた日本の戦車は? 火砲の強力な反動を抑える特殊な仕組みとは? 戦車のエンジンの最高出力は乗用車に換算すると四分の一? 爆薬は火の中に入れても爆発しない? 射撃訓練を重ねると小銃弾の飛翔が見えてくる? 元陸上自衛隊武器学校長が兵器の特異なテクノロジーをわかりやすく解説!
安全保障や軍事を理解する上で兵器の知識は不可欠です。兵器を理解するために兵器の構造や機能は重要な知識です。本書に書かれていることは陸戦兵器で使われている多くの技術の一部ですが、日常生活では触れることがない陸戦兵器の不思議で面白い異世界を楽しめるような内容となっています。
一例をあげれば、火砲の砲身を製造できる国は日本を含めて世界に数か国しかないこと、同様に最強の陸上兵器である戦車を独自開発できる国は十指に満たず、日本はその中の一国です。しかも最新の10式戦車は本来の性能を犠牲にすることなく、ここまで軽量化できるのは日本以外の国では難しいと思われます。このような技術を有することも国の戦力(防衛力)であり、この技術力を維持、向上を図っていくのは安全保障上、重要です。
著者のことば
私が現役の陸上自衛官で武器学校長だったとき、「戦車が射撃したあとは、砲塔内に煙が充満して大変ですね。どうされているのですか?」という質問を何度か受けました。
文字どおり武器学校(土浦駐屯地)は、陸上自衛隊の武器と呼ばれるもの、銃や火砲、ミサイル、戦車などの技術教育を行なう学校です。駐屯地の一般公開日には、それらの武器を展示・説明する機会も多く、来場者から武器に関する質問をよく受けました。
前述の質問には、「戦車には煙を外に出す装置があります。煙が砲塔内に入ることはありません」と答えて、排煙装置の説明を必ずしました。陸上自衛官であれば、戦車の砲塔内に煙がこもらないことは承知していますが、煙を外に出す装置について知っている人は少数です。自衛官以外では一部のマニアを除けば皆無でしょう。
煙を出すというと換気扇のようなものを想像しますが、戦車の装置は弾を発射する一瞬で煙を吐き出します。詳しくは本文で説明しますが、弾を発射するときのガス圧を利用する非常に単純な構造です。
このように兵器に使われる技術は特殊なものが多く、兵器技術に関する学問を教育する機関(大学など)も極めて限定されています。
たとえば、火砲や弾薬の設計に不可欠な「弾道学」という学問があります。弾丸が銃や火砲から発射されてから、着弾するまでの動きを解析する学問です。
弾丸が銃砲身内で火薬の力を受けて加速し、銃砲口から出たあとは空気抵抗や風の影響を受けながら放物線上を飛んで目標に達するという、原理的には簡単ですが、実際に弾道を解析するには複雑な計算式が必要で、現在では高度なアルゴリズムを使ってコンピューターでシミュレーションするのが一般的です。
「弾道学」そのものは、一般の産業や日常生活では不要なものですが、軍事技術としては必要不可欠です。
本書では、そのような特殊な技術を幅広く取り上げ、わかりやすく解説しました。筆者の専門が陸上兵器であるため、ほとんどが陸上兵器に関する技術ですが、本書に書かれている技術をすべて知っているのは現職自衛官でもごくわずかです。
本書を読んでいただければ、軍事情報に関する理解が深まるとともに、報道される軍事情報の真偽を見分けることができます。たとえば、誘導弾にとって翼の果たす役割がいかに重要であるかを知っていれば、北朝鮮の軍事パレードで見られる不思議な形状の翼を持ったミサイルがダミーだとすぐにわかるでしょう。
目 次
はじめに
第1章 戦車のメカニズム 9
「戦車」の定義/火力から見た戦車の定義/戦車に求められる機動力と防護力/戦車のエンジンに求められる性能/スペックに現れない10式戦車の性能/戦車のサスペンション(懸架装置)/姿勢制御できる油気圧式のサスペンション/戦車砲の反動を軽減する/砲身の最大の問題は強度/戦車や自走榴弾砲の砲身の膨らんだ部分は何?/砲身の歪曲を防止する「サーマルジャケット」/戦車砲の省力化、自動装塡装置/対装甲用弾薬(成形炸薬弾と粘着榴弾)の原理/対装甲用弾薬の主流はHEAT/戦車砲の弾薬─装弾筒付翼安定徹甲弾(APDSFS)/ライフリングがある戦車砲と、それがない戦車砲
第2章 軍用車両のメカニズム 68
軍用車両に用いられる民間車両の技術/軍用車両のエンジン/軽油や灯油が多用される軍用車両/トランスファー、デファレンシャル、最新のLSD/最低地上高を確保する/被弾や悪路に強い軍用車両のタイヤ
第3章 火砲のメカニズム 84
迫撃砲のメリットとデメリット/火砲第二の主要機構「閉鎖機」/発射速度向上に不可欠な「駐退機」と「複座機」/大型の火砲に必要不可欠な「平衡機」
第4章 弾薬のメカニズム 105
弾薬の種類/弾丸の進化と威力の向上/炸薬で弾丸を破裂させる「榴弾」/照明弾・発煙弾・クラスター弾/なぜ榴弾砲用の弾薬に薬莢はないのか?/黒色火薬からトリプルベースへ/発射薬の粒の形状/信管の構造と機能─接触による目標の検出/信管の構造と機能─目標への接近の検出/信管の構造と機能─信管の安全機構/信管の構造と機能─電源部
第5章 照準装置のメカニズム 150
拳銃、小銃の照準装置/戦車砲の照準装置/戦車の射撃統制装置(FCS)/進化する戦車の射撃統制装置/指揮統制能力が飛躍的に向上した10式戦車/友軍相撃がなくなった10式戦車のネットワーク/次期戦車に改善を期待/榴弾砲、迫撃砲の照準/間接照準のプロセス
第6章 対戦車誘導弾のメカニズム 175
対戦車誘導弾の国産化/対戦車誘導弾の誘導方式の変遷/01式軽対戦車誘導弾「軽MAT」三つの機能/日本の匠の技が生んだ「MPMS」/陸自最新の対戦車誘導弾「中多」
第7章 地対空/地対艦誘導弾のメカニズム 198
多層で構成される地対空ミサイルシステム/地対空誘導弾/目標発見から撃墜まで/レーダーの原理/フェイズドアレイ・レーダーの仕組み/射撃統制(管制)装置/発射機の構造と機能/SAMの誘導方式/ミサイルの飛翔速度と旋回性能/遠距離から艦船を攻撃する地対艦誘導弾
第8章 装甲と防禦のメカニズム 228
装甲の材料と強度/装甲の軽量化と高性能の両立/弾種に対応した装甲の変化/防護効果の高い「爆発反応装甲」と「複合装甲」/間接防護─敵の射撃を回避するさまざまな工夫
コラム① 国産装備品への評価と誤解 37
コラム② 戦車搭載の重機関銃の問題点 66
コラム③ 火器の口径と制退器 102
コラム④ 輸入小火器弾の品質と意外なコスト 147
コラム⑤ 陸上自衛隊の職種と兵站、後方支援機能 194
コラム⑥ 装備品の開発技術・生産基盤が抑止力 226
おわりに 247
主な参考文献 251
市川文一(いちかわ・ふみかず)
1961年長野県生まれ。1983年防衛大学校卒業(27期)、陸上自衛隊入隊。武器学校幹部上級課程を修了後、武器科職種の幹部として、第10武器隊、武器学校などで勤務。幹部学校指揮幕僚課程を修了後、陸上幕僚監部人事部補任課人事第1班、陸上幕僚監部防衛部防衛課防衛班などで勤務。2002年1等陸佐。第13後方支援隊長、統合幕僚監部人事室長、装備施設本部武器課長、陸上幕僚監部武器化学課長、東北方面後方支援隊長、愛知地方協力本部長を歴任。2015年陸将補。陸上自衛隊武器学校長を最後に2017年8月退官。退官後はインターネットテレビ「チャンネルくらら」の「桜林美佐の国防ニュース最前線」、TBSテレビ「報道特集」などに出演のほか、メルマガ「軍事情報」で連載。防衛政策や軍事技術に関する情報、知識を広く国民に普及する活動を展開中。著書に『猫でもわかる防衛論』(大陽出版)がある。