鷲の翼 F‐15戦闘機─歴代イーグルドライバーの証言

『鷲の翼 F‐15戦闘機─歴代イーグルドライバーの証言』
小峯隆生著/柿谷哲也撮影
(並木書房)1800円+税

F‐15Jイーグルは、1980年代初頭から航空自衛隊に導入され、主力戦闘機として40年近く、日本の空を守ってきた。現在、全国7個の飛行隊のほか、飛行教育隊、教導隊などに約200機が配備され、その基本設計の優秀さと電子機器や搭載装備の近代化により、いまもトップクラスの実力を有している。
新型のF‐35は1個飛行隊が運用を始めたばかりで、F‐2は2030年代に退役する。その後継機の開発はようやく始まったばかりで予定通り完成するかは未定。当面のあいだ日本の防空はF−15の双肩にかかっている。

導入当時「最強の戦闘機」と呼ばれたF‐15の仮想敵はソ連空軍で、ミグやスホーイという新型戦闘機を相手にパイロットたちはドッグファイト(空中戦)の腕を日々磨いていた。
本書はそんな導入から戦力化に至る過程で大きな役割を果たした当時の戦闘機パイロットたちを多数取材している。その中には“鷲神(わしがみ)”と呼ばれる2人の戦闘機乗りがいる。森垣元1佐と西垣元1佐である。彼らはその強烈な個性と空中戦での圧倒的な強さによって、空自のF‐15運用の歴史に大きな足跡を残した。
彼らを含むOBパイロットたちの証言から、実戦を想定した過激な訓練、試行錯誤しながら編み出された新たな空中戦のテクニック、対空ミサイルを発射できる最短距離の実証実験など、日本人の誰も知らない防空の最前線が明らかにされている。
その中で印象的なエピソードを次に紹介しよう。

米海軍F‐14トムキャットとの空戦訓練である。2機のF‐14はさかんに翼を左右に振って「空戦勝負しないか?」と誘ってきたという。
「こういう時、ファイターパイロットは燃えるんですよ。外国のファイターが来た時に、われわれはどうしてもケツを向けることはできないんです」(高木1尉・当時)
高木1尉の率いる3機の空自F‐15と、映画『トップガン』でミグ戦闘機を圧倒した米海軍のF‐14との空戦訓練が始まった。F‐14は得意の可変翼を広げて、F‐15の後ろに付こうとするが、その前に勝負は決まっていた。
「何回やっても、われわれが勝つんですよ。こちらの完勝でした。ざまーみろです」(高木1尉)
しかし、米海軍は誇り高い。後日、第304飛行隊に正式に勝負を挑んできた。高木1尉は4機編隊でその訓練空域に向かう。
「F‐14は、訓練空域のいちばん隅っこでクルクルと旋回を繰り返していました」
高木1尉は、再び撃墜してやろうと訓練空域を進んだが、ある位置まで来た時、地上の要撃管制官から連絡が入った。
「F‐15、全機撃墜」
意外な知らせだった。高木1尉は「えっ、何で? 何かの間違いでは?」と思った。ロックオン警報も何も鳴っていない。正解はF‐14の搭載するスタンド・オフ・ミサイル『フェニックス』の餌食になっていたのだった。
その日、高木氏は一度もF‐14を目視確認しなかった。映画『トップガン』では、ミグとF‐14は、互いに視認できる距離でドッグファイトを演じ、F‐14は見事にミグを撃墜して空戦に勝利している。しかしこれは、真っ赤な嘘なのだ。
F‐14は、高木1尉のF‐15イーグルとのドッグファイトでは一度も勝てなかった。そして二度目の空戦訓練では、射程210kmの『フェニックス』長距離空対空ミサイルを発射し、勝利したのだ。
もし映画『トップガン』で、トム・クルーズ演じるマーヴェリックが、F‐14のレーダースクリーンに映るミグにフェニックス長距離ミサイルを撃っただけで「敵機撃墜! 勝った勝った!」言っていたら、映画はヒットしなかっただろう。互いに肉眼で視認できる近距離でミグと派手な空戦シーンを演じたからこそ、映画は大ヒットした。それを観た一般人はF‐14戦闘機最強伝説を信じてしまった。しかし、それは幻だった。

本書は、OBパイロットだけでなく、現役のパイロットにも多数取材している。新人パイロットを育てる新田原基地の第23飛行教育隊、防空の最前線を担う第305飛行隊、小松基地のウェポンスクール、仮想敵を演じるアグレッサー部隊まで、現役の「イーグルドライバー」の生の声が再現されている。「F‐35が今後、数的に増強されて主力の座につくまで、F‐15の時代はまだまだ続くでしょう」(第306飛行隊長)、「当面、主力はF‐15です。その役割に変化はありません。F‐15は、まだまだ使わなきゃいけない戦闘機ですからね!」(飛行教導群司令)……日本の空を守り続ける空自F‐15戦闘機の過去と現在、そして将来の空戦の様相がわかる好著である。