『日本軍はこんな兵器で戦った─国産小火器の開発と用兵思想』
荒木肇著/四六判260ページ/定価1600円+税(並木書房)
陸上自衛隊の各駐屯地には日本陸軍の小火器が大切に保管・展示されているが、見学する人は少ない。自衛官も旧陸軍の小銃、機関銃、拳銃、擲弾筒については、あまり詳しくないという。
この本は、土浦駐屯地内の武器学校に展示されている実物の小火器に触れながら、明治維新以後、日本の技術者がいかにして国産兵器を開発したか、その足取りを辿ったものである。
西欧が300年かけて進歩させた近代銃器を、わずか20年ほどで追いつき、初の国産小銃を作り上げた村田経芳(つねよし)。村田の後継者の有坂成章(なりあきら)が開発した「三十年式歩兵銃・騎銃」で、日本は大敵ロシアを打ち負かした。その後、南部麒次郎(きじろう)が完成させた名銃「三八式歩兵銃」で大東亜戦争を戦い抜いた。
南部麒次郎をはじめ国産兵器の開発に尽くした技術者の名前を多くの日本人は忘れているが、欧米の識者や造兵専門家の間では、いまも高く評価されているという。
本書は、国産兵器を手にして戦った兵士たちが、何に困り、何を喜びにしたのか、教育が果たした近代化にはどのような苦労があったのかを浮き彫りにする。当時の日本人に近い身長のモデルが長くて重い歩兵銃を構える姿からは兵士の苦労が見えてくる。
著者のことば
ある高名な文学者は、防衛大学校で学生たちに三八式歩兵銃を例にして、旧軍のように科学的精神を軽視するなと語った。時代遅れの明治時代の小銃で、第二次世界大戦を戦った戦前日本陸軍の後進性を非難したのである。しかし、これは事実と異なっている。戦後の「誤った定説」である。アメリカを除く列強の軍隊は、どの国も明治時代に開発された小銃で戦っていたのだ。また、日本軍は、精神主義で白兵戦を重視したと批判されるが、これも「誤った定説」である。実際は日清・日露両戦役とも火力重視の戦いを行なった。白兵戦を信奉したのは、清軍であり、ロシア軍だった。日本陸軍はむしろ火力主義だった。
目 次
はじめに
第1章 幕末・維新の小銃
第2章 日本兵は国産小銃で戦った
村田銃
有坂「三十年式歩兵銃」
三八式歩兵銃
日本騎兵─三八式・四四式騎銃
九九式小銃
第3章 戦場の主役となった機関銃
空冷ホチキス機関砲と三八式機関銃
三年式重機関銃の開発
独自性が光る十一年式軽機関銃
傑作といわれた九六式軽機関銃
活躍した九二式重機関銃
七・七ミリの九九式軽機関銃
第4章 不足する国産軍用拳銃
戦闘のわき役
騎兵装備用の国産第一号拳銃
輸出を考えた拳銃
十四年式・九四式拳銃
第5章 手榴弾・擲弾筒
十年式擲弾筒と手榴弾
小さな迫撃砲「八九式重擲弾筒」
おわりに
主な参考・引用文献
資料 陸上自衛隊駐屯地資料館